リモートワークの普及により、従業員が国境を越えて作業するケースが増加しており、これが新たなPEリスクを生んでいます。PEリスクとは、企業が海外で事業活動を行う際、その国の税法に基づき恒久的施設(Permanent Establishment)とみなされ、追加の税務義務や課税の対象となるリスクです。

この記事では、海外リモートワークが企業の税務負担にどのような影響を与え得るかを考察します。ここでの目的は、PEリスクの基本を理解し、このリスクが企業に与える影響を見極め、そしてそれを避けるための実践的な戦略を提供することです。

1. PEリスクの概要

PE(Permanent Establishment)リスクとは、企業が特定の国で事業活動を行うことにより、その国の税法の下で「恒久的施設」とみなされ、結果として予期しない税負担を負う可能性があるリスクのことを指します。

まず、多くの国々は互いに企業など納税者への二重課税を避けるために租税条約を締結しています。その条約の国際的なモデルとして影響力を持つものがOECDモデルです。OECDモデルは国際的な課税の基本的な枠組みを提供し、「PEなければ課税なし」という原則を確立しています。これにより、企業はPEを有する国においてのみ、事業所得に対して税金を支払う義務が生じます。PEの存在が否定されれば、その国における事業所得への課税は原則として行われません。

OECDモデルの下ではPEは「事業を行う一定の場所であって企業がその事業の全部、または一部を行っている場所」と定義され、具体的には以下のように分類されます:

  1. 支店PE:事業の管理の場所、支店、事業所、工場、作業場、天然資源の採取場所
  2. 建設PE:一定期間(通常は12ヶ月以上)にわたり継続する建設、組立、または設置プロジェクト
  3. 代理人PE:企業を代表して行動し、その国で契約を締結する権限を有する代理人。ただし、仲立人、問屋その他の独立の地位を有する代理人原則としてPEとはみなされません。

税法上、PEに帰属する所得の計算は「帰属主義」に基づきます。これは、PEが独立した企業であるかのようにその所得を計算し、本社とPEとの間で行われる取引は市場原則に従って取り扱われるという考え方です。これに対して、「総合主義」は、PEの有無に関わらず、その国で生じたすべての所得を課税対象とするアプローチを取ります。日本では平成26年度税制改正で総合主義から帰属主義へ改正されました。

2. 海外リモートワークにおけるPEリスク

PEリスクは、特に企業が国際的なリモートワークを通じて、従業員に国境を越えて業務を行わせる場合に顕著になります。例えば、従業員が長期にわたって海外からリモートで働いている場合、その活動はその国の税務当局によってPEと見なされる可能性があり、それに伴う税務負担が発生するのです。

例えば、ある企業が海外の顧客にサービスを提供するために、従業員を一定期間海外に派遣し、顧客のオフィスで作業を行わせたとします。この場合、従業員の活動がPEを構成すると見なされれば、その企業はその国で発生した所得に対する税金を支払う義務を負うことになります。リモートワークがPEリスクを引き起こす可能性は、従業員の活動場所や活動の性質、滞在期間によって異なります。

スタートアップやベンチャー企業など、まだ社内の法務部門が十分に機能できていない組織においてはPEリスクの存在すら知らずに海外でのリモートワークを従業員に認めているケースが散見されます。しかし大企業にとっては、実はPEリスクが従業員に海外でのリモートワークを認められない理由の根本であることが多いのです。

3. PEリスクの実際の影響と日本での事例

ペナルティー課税は、税務当局による調査の結果、適切な税務申告や税金の支払いが行われていないと判断された際に適用されます。これは直接的な財務負担だけでなく、企業のレピュテーションリスクにも直結します。税務不正行為と見なされるような事態は、顧客やパートナー企業に対する企業の信頼性を損ね、ビジネス関係の悪化や新規ビジネスチャンスの損失に繋がることがあります。

日本国内でPEリスクが顕在化した事例としてはAmazon.comが有名です。2009年、東京国税局は、米国Amazon.comが日本国内での販売業務を日本法人に委託しながらも、商品契約を米国の関連会社で行い、収益を米国側で計上していたことに基づき、実質的な本社機能の一部が日本にあると判断し、約140億円の追徴課税を命じました。Amazonはこの決定に不服を申し立て、日米間での税務協議を要請した結果、Amazonの主張が認められましたが、その後日本での事業を拡大するために日本で法人税を納付しています。

4. PEリスク回避の戦略

企業が従業員に海外からのリモートワークを許容したい場合、3つのアプローチがあります。

国際的な税務専門家のコンサルティングを受ける

一つのアプローチは、国際的な会計事務所や税理士法人と協力して適切に税務リスクを評価、個々に適切な措置を策定し、必要に応じて申告納税を行うことです。企業はまずは従業員がリモートで働く各国の税法や租税条約を理解し、PEリスクを適切に評価する必要があります。加えて、PEリスクに対応するための社内ポリシーを確立し、リモートワークに関連する税務コンプライアンスを管理する体制を整えることが重要です。企業が積極的にリスクを管理し、適切な対策を講じることで、PEリスクによる不意の税務負担を避けることが可能となります。これらは自社単独では困難ですので、BIG4に代表されるような国際的な税理士法人のアドバイスを求めることが一般的です。一般に相談のフィーは数百万円規模と高額になりがちですのでその点ご注意ください。

現地法人の設置

思わぬ追徴課税を避けるため、現地法人を設立し、適切に税務申告をした上で所得税を納付するのも一つのアプローチです。国によって現地法人の形態には様々ありますし、それぞれに設立の要件が異なりますので(例:その国の在住者が代表でなければならない等)、現地の弁護士など専門家に相談した上で手続きを進めます。設立にかかるコストは国によりますが、例えば外異国企業が日本で法人を設立する場合、数百万円の費用と数ヶ月間の期間を見込んでおく必要があります。

参考:海外企業が日本進出するときの日本法人の設立方法

EORの活用

一つはEmployer of Record(EOR)サービスを利用することにより、PEリスクを緩和する方法です。EORとは、外国において従業員を雇用する際に、第三者の企業が法的な雇用主となるサービスを指します。これにより、本来の企業は実質的な雇用主として従業員に業務を提供してもらいつつも、税務上および法律上の雇用主の責任や義務はEORが担います。

EORを活用することで、企業はPEの設立および直接的に雇用関係のある従業員の配置を避けられるため、国際的な拠点を持たない国々でのリモートワークにおけるPEリスクの大部分を緩和できます。また、EORプロバイダーは多くの場合、その国の法律や規制に精通しているため、税務コンプライアンスや雇用に関するリスクを最小限に抑え、企業が直面するPEリスクを効果的に軽減します。また、EORは従業員の給与、社会保険、税金の申告と支払いを管理することにより、企業の管理負担を軽減し、国際的な展開をスムーズに行うことが可能になります。

参考:雇用代行サービスEORとは?海外からリモート勤務を実施する方法を解説

日本にも複数のEORプロバイダーが存在しますが、その多くは欧米の企業で、日本国外の人間が対応することが多く、日本独自の法律や文化に対応しきれていないこともあるようですのでご注意ください。No boundariesは日本特化型EORであり、グローバルなビジネス経験を持つコンサルタントや日本の弁護士がサービスを設計しているため、日本で活動を開始したい海外企業の細かいニーズに対応が可能です。日本に関連するリモートワークについてはNo boundariesにご相談ください。


真鍋希代嗣(No Boundaries Ltd. CEO / 京都大学 産官学連携本部 特任准教授)

ジョンズ・ホプキンズ大学 高等国際関係大学院(SAIS) / 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 国際協力学専攻 修士。世界銀行やJICA、マッキンゼーなど複数の国際的な組織での勤務経験を有し、国内外の政府やグローバル企業向けに国際開発や経営のコンサルティングを提供している。日本のほか、米国、ベトナム、タイ、バングラデシュ、イラク、ヨルダン、南アフリカ、ケニアなどに滞在し国際的な業務経験を有する。

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