働き方改革の一環として推進されてきたリモートワークは、新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに導入する企業が急増しました。総務省が公表する「令和5年版 情報通信白書」によると、テレワークを導入している企業の割合は51.7%とされています。そんなリモートワークの増加に伴い企業の間で注目を浴びているのが「EOR(代替雇用)」です。
テレワークが普及した現代では、有能なグローバル人材を採用したい企業にとって、海外からリモート勤務を認めるケースが増えてきました。しかし、海外に居住する社員を雇用する場合、現地の法律や税制への対応も必要です。そのような問題の大部分はEORの仕組みを利用することで解決できます。
この記事では、EORの仕組みや活用法、どのようなメリット、デメリットがあるのかについてご紹介します。
「EOR」とは
EOR (Employer of Record) は、企業の海外雇用を代行する雇用代行サービスの一種です。直訳すると「記録(書類)上の雇用主」を意味します。EORプロバイダーが人事や給与など雇用に関連する法的・管理的な業務を代行し、事業に関連する業務は委託会社が行います。
新たな国や地域で従業員を雇用する場合、現地で海外拠点や現地法人の設立が必要です。従来、これには膨大な時間や労力、設立費用などのコストがかかっていました。そこで、海外に現地法人を作らずに海外から人材をリモート雇用するのを実現する手段として普及し始めたのがEORです。
代替雇用を実現するEORの仕組みは、EORプロバイダーが企業に代わって、海外での給与支払いや納税、社会保障の手続き、労務管理など人事関連業務を代行するシステムです。これによって、企業が効率的かつ円滑に雇用プロセスを進めることができます。
EORは国際的に普及が進んでおり、調査会社QYResearchによると、世界のEORの市場規模は2022年~2028年の間に年平均+6.8%の成長率で成長し、2028年には66億264万米ドルに達すると予測されています。
雇用代行サービス「EOR」の活用方法
EORにはさまざまな活用方法があります。その中でも特によく使われるユースケースについてご紹介します:
・海外法人設立までの準備期間での活用
海外に法人設立を予定している企業が、設立準備が整うまでの間にEORを活用する方法です。どこの国でも現地法人の設立には数ヶ月から一年間ほどかかることが多いため、その準備期間はEORを活用することで法人設立前に現地で事業を開始するケースがよく見られます。
また、その国への本格的な進出が決定する前のテストマーケティングとして現地の市場開拓や調査、人材確保などを進める場合にもよく利用されます。
・グローバル人材の採用
EORを利用することで、企業は優秀でグローバルな人材を採用しやすくなります。
国内では優秀な人材の雇用が難しい場合も、採用の対象を国内だけでなく、海外に視野を広げることによって、世界中の優秀な人材の確保につながります。その際、現地の雇用条件や法的制約に精通したEORの活用によって、企業は複雑な手続きや法的、税務的なリスクを回避しながらスムーズに雇用手続きを進めることができます。
また、国内で雇用していた外国人人材が帰国してしまう場合に、雇用を継続するためにEORが活用されることもあります。
・柔軟なグローバル展開
EORプロバイダーが、企業に対して法務や税務などの雇用プロセスの問題を解決するサービスを提供してくれるため、企業は異なる国や地域の複雑な条件に対処しやすくなり、柔軟なグローバル展開が可能となります。国によって異なる法務や労働条件などのサポートやアドバイスによって、自分自身で調べる手間や時間を省くことが可能です。
実際に、世界的なスポーツブランドのNIKEや、カナダの大手Eコマース企業Shopify、アメリカの大手オンラインストレージサービス企業Dropboxなどの大手企業もEORを利用しています。
「EOR」を利用する3つのメリット
上記のようなEORの活用場面において、企業が現地で法人を設立する、あるいは雇用という形態を諦めて業務委託として人材を活用する場合に比べ、EORには以下のようなメリットがあります:
・雇用プロセスに必要な時間とコストの節約
海外で新たに事業を展開する場合や、海外で従業員をリモート雇用する場合、海外支店や現地法人を設立する方法もありますが、どれも多額のコストやリスクが伴います。例えば、イギリス法人の設立を社労士事務所に依頼する場合、設立費用に約50万円、2年目以降の維持費に約20万円の費用が必要です。また、事業を開始するまでに1年程度かかることも多く、即座に海外進出をすることは容易ではありません。
一方、EORを利用すれば現地での法人設立が不要であり、現地の雇用主としての責任をアウトソースできるため、各国の労働法への適応など煩わしい業務からも解放されます。契約書などの手続きも迅速に進めるノウハウが揃っているため、事業開始も早ければ数週間程度で可能です。
・法令遵守とリスクの軽減
法令遵守とリスクの軽減はおそらく、すでにEORを活用している企業にとって最大のEOR活用理由でしょう。
EORプロバイダーが、海外企業と社員の間に入って雇用手続きや法令遵守、給与や税金の支払いをサポートするため社員は自身の手続きミスで法令違反になってしまうリスクを減らせます。もし業務委託や直接雇用などで勤務する場合、法令や税務などのバックオフィス業務を自身で進めるため、必要に応じて専門家への依頼や現地での対応が必要です。
そして労務面でのリスクよりも多くの企業が特に気にするのがPEリスクです。PEとは恒久的施設(Permanent Establishment)のことで、企業がある国に事業の拠点を置くかどうかで、その国において事業所得が課税対象になるかが決まります。何も知らずに外国から従業員をリモートワークさせていると、その国で法人税などの課税が発生し、気付かぬうちに脱税行為を行なっていたという事態にもなりかねません。
EORの活用には、労働法や税法など法令や規制を遵守し、雇用に伴う法的責任を委託できるため、社員だけではなく企業側にとっても雇用に関連する複雑な法的問題から解放されるメリットがあります。トラブルやコンプライアンス違反などのリスク低減にもつながるでしょう。
・従業員が社員としての待遇を得られる
自身が居住する国から海外企業にリモートで勤務したい従業員にとっては、EORの活用により正社員としての待遇を受けられるという大きなメリットがあります。
従来、越境リモートワークの場合、海外スタッフは雇用関係のある従業員(employee)でなく、業務委託(contractor)として活用されることが多くありました。
しかし、業務委託は正社員に比べ年金や健康保険など社会保険の面で不利になります。例えば日本では、業務委託従事者向けには育児休業給付金が認められないため、いわゆる産休・育休を取得することができません。マンションなどの賃貸契約における審査も厳しくなることが一般的です。面倒な確定申告も毎年自分で行わなければなりません。
EORを活用することで、居住国における正社員というステータスを享受できるようになれば、従業員も余計な心配をせずに安心して業務に集中できるようになります。人によっては社員という社会的信頼を得られることもとても重要でしょう。
「EOR」を利用するデメリットや問題点
EORを利用することで得られるメリットが多くある一方で、デメリットや問題点などもいくつか挙げられます:
・規模が大きくなるとコストが増える可能性がある
EORプロバイダーの利用には、初期費用と管理コストが必要です。初期費用は、EORプロバイダーとの契約に必要な初期費用。管理コストは、社員一人当たりの管理に継続的に発生する費用や手数料のことです。
そのため、事業規模や雇用人数が多くなるとかかるコストが増える可能性があります。自社で海外法人の設立をして雇用した方が、コストがかからない場合もあるため、費用対効果の事前確認が必要です。もし初めからその国で数十人規模の雇用を計画しているのであれば、EORを使い続けるよりも、海外支店や現地法人を設立することを検討してください。
・一部業務の制約
EORを導入すると、EORプロバイダーが労働契約の法的な雇用主となるため、依頼する企業は従業員の管理において、一部の業務や職種によっては、EORの活用に制限がかかる場合があるため注意が必要です。詳しく知りたい場合は、各国の事情に精通したEORプロバイダーへの問い合わせを推奨します。
まとめ
雇用代行サービス「EOR」を活用することによって、企業は海外現地に法人や拠点がなくてもリモートで雇用することができますし、従業員は好きな国に住みながら海外の企業にリモート勤務ができるようになります。
日本においてもいくつかの外資系のEORプロバイダーがサービスを展開していますが、まだまだ日本独自の法律や企業文化、言語などにローカライズできていないケースが見受けられます。No boundariesは、日本で数少ない日本発のEORプロバイダーです。国際的なビジネスのコンサルタントと日本の弁護士がサービスを設計し、日本の法律や税務に関する専門知識を持ったプロフェッショナルが企業をサポートしています。EORの導入を検討中の方は、ぜひ一度お問い合わせください。
本記事の監修者
真鍋希代嗣(No boundaries Ltd. CEO / 京都大学 産官学連携本部 特任准教授)
ジョンズ・ホプキンズ大学 高等国際関係大学院(SAIS) / 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 国際協力学専攻 修士。世界銀行やJICA、マッキンゼーなど複数の国際的な組織での勤務経験を有し、国内外の政府やグローバル企業向けに国際開発や経営のコンサルティングを提供している。日本のほか、米国、ベトナム、タイ、バングラデシュ、イラク、ヨルダン、南アフリカ、ケニアなどに滞在し国際的な業務経験を有する。